市山くじらや 

情報

ずっと前、TVで脳の特集を見たときに、とても印象深い話がありました。
弁護士をされていた男性が、仕事中に突然意識を失い倒れたそうです。
脳梗塞かなにかの脳の中で起きた異常が原因だったのですが、
すぐに病院に運ばれ処置が早かったこともあり、命はとりとめました。
しかし重い記憶障害が残ったのです。
数分前のことでも忘れてしまうようになり、例えば、料理でも、砂糖をいれた、
塩をいれた、と紙にチェックしながら進行しなければならなくなりました。
彼は、自分の人生を確認出来るようにつけ始めたという日記を手に取り、
まるで物語を読むように頁をめくるのでした。
そういう風なので、もちろん弁護士の仕事が続けられるはずも無く、
生きるために彼が選んだ仕事が椅子作りの職人でした。
目の前にどこまで進んだのか情報があるので、記憶障害があっても出来るのです。
職人の仕事に溢れる可能性や、あこがれを感じたことを強く記憶しています。

最近、ある歌詞を読みました。
私にとっては、まるで精密機械の基盤を見ているようで、とらえどころの無いものでしたが、
音楽として聴く時に初めて、表現されるものを感じました。

 今、いろんな情報がバラバラとちらばっていて、
そこに情報があるのになにを意味するのかわからない
不安に覆われているように感じます。
たくさんの情報処理に追われても、大事なことを忘れない。
意味もなく散らばっているようなものを繋ぎあわせて間違いながらも再構築していく。
ぼんやりとしたイメージが浮かんでいる、
そのもやを取り除いていけるように強くありたいです。

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by ichiymakujiraya | 2011-01-31 19:54 | つれづれ